横浜地方裁判所 昭和54年(行ウ)3号 判決
横浜市中区山下町二五二番地
原告
豊亀地所株式会社
右代表者代表取締役
豊川岩雄
右訴訟代理人弁護士
伊田若江
右訴訟復代理人弁護士
金子作造
右訴訟代理人弁護士
中村裕一
横浜市中区山下町三七番地九
被告
横浜中税務署長
原尻正春
右指定代理人検事
細井淳久
右指定代理人
横手清吉
同
佐々木正男
同
清水茂理雄
同
平井拓雄
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和五一年一二月二五日付でした原告の昭和五〇年三月二一日から昭和五一年三月二〇日までの事業年度分の法人税についての重加算税賦課決定処分のうち金四一七万九一〇〇円を超える部分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、不動産の売買及び賃貸等を目的とする会社であるところ、法定申告期限内である昭和五一年五月二〇日に、昭和五〇年三月二一日から昭和五一年三月二〇日までの事業年度(以下「本事業年度」という。)分の法人税について欠損金額を一億三一九八万五七五三円とする確定申告書を被告に提出した(以下「本件確定申告」という。)。
2 その後、右確定申告が誤っていたことが判明したので、原告は昭和五一年一二月一〇日、所得金額を一億二三九一万四三六九円とする修正申告書を被告に提出した(以下「本件修正申告」という。)。
3 これに対し被告は同年一二月二五日付で、修正申告により増加した所得金額のうちその一部に、原告が課税対象となることを回避するため所得金額の計算の基礎となるべき事実を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき確定申告書を提出していたとして税額を一四六一万七五〇〇円とする重加算税賦課決定処分(以下「本件処分」という。)をした。
4 原告はこれを不服として昭和五二年二月一九日被告に対し異議申立をしたところ、被告は同年五月一八日右異議申立を棄却する旨の決定をしたので、さらに同年六月一六日国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同所長は昭和五三年一一月六日右審査請求を棄却する旨の裁決をした。
5 しかしながら、本件処分のうち、原告が本件確定申告において、その所有する横浜市磯子区洋光台四丁目二二番地所在の建物(通称洋光台ホウル、以下「本件建物」という。)につき解体撤収工事の請負契約を締結したことに伴い、本件建物及びこれに付随する構築物、付属設備、什器備品等(以下「本件建物等」という。)の期首帳簿価額二億五〇七三万六九九七円を固定資産除却損として計上したことに対し賦課された重加算税(税額一〇四三万八四〇〇円、以下「本件不服部分」という。)については、原告は課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実に関し何ら隠ぺい、仮装したことはないから、本件処分は右の限度で違法であり取消しを免れない。
よって、被告が原告に対してなした本件処分のうち本件不服部分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし4の各事実はいずれも認める。
2 同5は争う。
三 被告の主張
本件処分(本件不服部分)は次のとおり適法になされたものである。すなわち、
1 原告は、本件建物を使用して本事業年度終了の後である昭和五一年三月三一日までボーリング競技場の営業を行っており、したがって本事業年度中に本件建物等について固定資産除却損を計上する余地は全くなかった。
2 しかるところ、原告は、合同工業株式会社(以下「合同工業」という。)との間で締結した本件建物についての解体撤収工事の請負契約(以下「本件契約」という。)につき、真実は右契約が早くとも同年四月一二日に成立し、これに関する契約書(以下「本件契約書」という。)も同日作成されたものであるにもかかわらず、合同工業代表取締役宮路喜博(以下「宮路」という。)に依頼して、本件契約書の契約締結日を「昭和五一年三月一五日」と虚偽の記載をさせ、本件契約書には工事着手日「昭和五一年四月二五日」と記載されていたのに、これを「昭和五一年三月一五日」と虚偽の訂正をさせ、あたかも本事業年度中に本件契約が成立し、かつ、解体撤収工事が本事業年度中に行われたかのように仮装するとともに、同年四月一二日ころ本件契約にかかる見積書を右宮路から入手したのにもかかわらず、これを秘匿して事実を隠ぺいしたうえ、本件建物等の帳簿価額二億五〇七三万六九九七円を固定資産除却損として計上した確定申告書を被告に提出したものである。
3 本件建物等の期首帳簿価額二億五〇七三万六九九七円に対応する本事業年度分の減価償却費としては、その限度額一六三三万九三五七円のみが損金経理として損金の額になるべきところ、原告は、石のとおり本件建物等の期首帳簿価額二億五〇七三万六九九七円全額を除却損として計上したのであるから、その差額二億三四三九万七六四〇円を、原告が本事業年度の所得金額の計算の基礎となるべき事実に関し隠ぺい仮装して過大に損金の額として計上したものである。そこで、被告は、国税通則法六八条一項に基づき、右金額に対応する過少申告加算税の額の計算の基礎となるべき税額に一〇〇分の三〇を乗じて得た金額に相当する重加算税一〇四三万八四〇〇円を賦課決定した。
四 被告の主張に対する原告の認否
1 被告の主張1のうち、原告が昭和五一年三月三一日までボーリング競技場の営業をしていたことは否認し、本事業年度中に本件建物等について固定資産除却損を計上する余地がなかったことは認める。
2 同2のうち、原告が合同工業と本件契約を締結したこと及び原告が本件建物等についてその帳簿価額二億五〇七三万六九九七円を固定資産除却損として計上した確定申告書を被告に提出したことは認めるが、本件契約が成立した時期並びに原告が宮路に依頼して契約締結日及び工事着手日に関し本件契約書に虚偽の記載をさせて仮装したこと及び本件契約にかかる見積書を秘匿したことは否認する。
3 同3は、原告が損金の額を隠ぺい仮装したとの点を否認し、その余は認める。
五 原告の反論
原告が本事業年度の確定申告を誤ってなしたことは事実であるが、これは全く原告の誤解に基づくものであって、被告が主張するように原告が本事業年度の所得の金額の計算の基礎となるべき事実を隠ぺい又は仮装し、これに基づき確定申告書を提出したようなことはない。
すなわち、本件契約は遅くとも昭和五一年三月一五日までに成立したものである。しかして、
1 原告の営業はその主たる目的が不動産売買であるところ、原告所有の不動産を売却処分したような場合には、該売買契約成立日をもって利益が発生したとして税務上の処理をしてきていること。
2 本件契約は、特約として、本件建物の解体撤収工事によって生ずる鉄くず等の発生材、空調設備は請負人である合同工業において買取ることになっていたので、原告は、本件契約が成立した日以降は本件建物に対する処分権限を失うものと解釈し、税務上不動産を売買したときと同様に処理しなければならないと考えていたこと。
3 右のような税務処理をすることの当否につき専門家である税理士松本仁の判断を仰いだところ、同税理士も原告と同様の見解を示したこと。
などの理由から本件契約が成立した昭和五一年三月一五日をもって本件建物等にかかる固定資産除却損が生じたものとして確定申告をしたものである。
六 原告の反論に対する被告の再反論
原告主張の反論は争う。
仮に、原告が本件契約の成立によって右除却損を計上できると誤解していたとしても、本件契約は昭和五一年四月一二日又はそれ以降に成立したものであるから、隠ぺい仮装して過大に損金の計上をなしたものというべきである。
第三証拠
一 原告
1 甲第一ないし第六号証
2 証人宮路喜博、同柳川秀吉、同松本仁
3(一) 乙第一号証のうち、工事着手年月日の訂正部分の成立は知らない。同号証のその余の部分は、右訂正前の年月日を含め原本の存在及びその成立を認める。
(二) 乙第八号証、第一一号証、第一二号証の一ないし七及び一一、第一四、一五号証の成立(第八号証は原本の存在も)は認める。
(三) 乙第二号証、第三号証の一、二、第四号証、第六、七号証、第九号証の一ないし一一、第一〇号証、第一二号証の八ないし一〇、第一三号証、第一六ないし第二六号証の成立(第二号証、第三号証の一、二、第四号証、第六、七号証、第九号証の二ないし一一、第一〇号証は原本の存在も)は知らない。
(四) 乙第五号証中、右上欄外の「この契約書の写の左欄の記載事項は末尾欄の証明事項の文言の見本として豊亀地所(株)の柳川専務が記載したものの写しに相違ありません。昭和五五年四月一九日秋山豊」の部分、左下方の「-提示を受けこれを書いて欲しいと云われた。」及び「S五二・六・二於当社3階5‥三〇PM柳川氏帰社‥四二」の部分並びに右下欄外の「この契約書は昭和五一年三月一五日私が立合人として立合って作成されたものに相違ありません。秋山豊」の部分の成立並びに「秋山」の二個の印影の成立は、いずれも知らない。左側中央の「此の契約書は私が立会人として立会した時即ち昭和五一年三月一五日に作成されたものである事を証明致します。以上の通り相違ありません。秋山豊〈印〉」の部分及び「712-2318 741-5361」の部分の成立は認める。
(五) 検乙第一号証が乙第一三号証の原本の写真であることは認める。
二 被告
1 乙第一、二号証、第三号証の一、二、第四ないし第八号証、第九号証の一ないし一一、第一〇、一一号証、第一二号証の一ないし一一、第一三ないし第二六号証。
2 検乙第一号証(乙第一三号証の原本の写真である。)
3 証人宮路喜博
4 甲第一、二号証の成立は認める。その余の甲号各証の成立は知らない。
理由
一 請求原因1ないし4の事実並びに被告の主張1のうち、本事業年度中に本件建物等について固定資産除却損を計上する余地のなかったことは、いずれも当事者間に争いがない。
二 いずれも成立に争いのない甲第一、二号証、乙第八号証、工期着手年月日の訂正部分を除いて原本の存在及び成立について争いかなく、右訂正部分につき証人宮路喜博の証言により原本の存在及び成立が認められる乙第一号証、同証言によりいずれも原本の存在及び成立が認められる乙第二号証、乙第三号証の一、二、左側中央の「此の契約書は私が立会人として立会した時即ち昭和51、3月15日に作成されたものである事を証明致します。以上の通り相違ありません。秋山豊〈印〉」「712-2318 741-5316」の部分につき成立に争いがなく、右下欄外の「この契約書は51年3月15日私が立合人として立合って作成されたものに相違ありません。秋山豊」の部分につき証人柳川秀吉の証言により原本の存在及び成立が認められ、その余の部分につき弁論の全趣旨により原本の存在及び成立が認められる乙第五号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一三号証、同号証の写真であることにつき争いのない検乙第一号証、証人宮路喜博及び同柳川秀吉の各証言(但し、証人柳川秀吉の証言については後記措信しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すれば次の事実が認められる。
1 原告は、昭和四七年ころから本件建物でボーリング競技場の営業をしていたが、収益が悪化したため、昭和五一年初ころ右営業を廃業し、本件建物を取りこわしたうえ、その敷地を他に売却処分することとし、本件建物の解体撤収工事を請負ってくれる業者を捜していたところ、同年三月上旬ころ、秋山豊から名古屋市を本店所在地とする合同工業を紹介された。原告においては主として専務の柳川秀吉(以下「柳川」という。)が右合同工業との交渉の任に当ることとなったが、同年三月上旬ころ原告の事務所において第一回目の交渉がもたれた際、同人は合同工業の宮路に対し、本件建物を解体することによって生ずる鉄くず等の発生材及び空調設備は合同工業において買取り、右買取代金と本件解体工事費とを対当額で相殺して欲しい旨要望したところ、宮路はこれを了承し、その場で、本件解体工事費から鉄くず等の買取代金を差引いて、最終的に原告が合同工業に支払うべき金額(以下「本件差引工事代金」という。)としては三〇〇万ないし四〇〇万円になる旨の概算額を提示した。しかし、柳川は右金額は高すぎるとして納得せず、宮路に対し他の解体業者にも打診してみたうえで、後日改めて交渉したいと回答し、当日の交渉を終えた。その後、柳川、宮路間で同月中に一、二回交渉がもたれたが、本件差引工事代金額について合意に達せず、契約の成立には至らなかった。
この間、原告は、本事業年度が終了した後である同月三一日ころまで本件建物においてボーリング競技場の営業を継続していた。
2 その後、宮路は、同年四月一〇日ころ、本件差引工事代金額を三八〇万円とする見積書(以下「本件見積書」という。)を作成し、右見積金額よりさらに三〇万円値引をすれば原告においても契約に応ずるであろうと考え、予め定型の工事請負契約書用紙に発注者、請負者、工事名等の所要事項及び請負代金額を三五〇万円、工事着手日を同月二五日とタイプで印字し、契約締結日、発注者及び請負者の各署名欄のみを空欄とした契約書二通を作成して、同月一一日再度契約締結の交渉をするために横浜市を訪れ、翌一二日原告の事務所に赴いた。そうして原告代表者及び柳川と宮路との間で詰めの交渉が行われることとなったが、宮路は前記予定どおりの差引工事代金で請負契約を成立せしめようと企て、同月一〇日付で作成した本件見積書を柳川らに交付し、本件差引工事代金額を三五〇万円とすることで了承されたい旨申入れたところ、柳川らは依然としてこれに応ぜず、さらに右代金額の値引を強く要求したため交渉は難航し、その間一旦は宮路が提示した三五〇万円より一〇万円安い三四〇万円で合意が成立するかに見える状況に立至ったこともあったが、原告代表者がさらに大幅な値引を強く要求してねばるので、致し方なく宮路はその場を一旦中座して鉄くずの転売先である大同精鋼の担当者と相談をするなどして長時間検討した末、最終的に本件差引工事代金額を一六〇万円とすることを提案し、原告代表者らも漸くこれを了承したことから、同日右工事代金を一六〇万円とすることで本件契約の成立をみるに至り、直ちに宮路が持参した前記契約書用紙を用いて本件契約書を作成して、これを取交わした。
3 そして、合同工業は、同月下旬ころ、下請業者の千代田建設を使用して本件建物の解体撤収工事のため養生工事(建物の周囲にシートを張ってコンクリートの破片が飛散しないようにするなどの工事)を行った後、同年五月一五日ころから同年六月末ころまでの間に下請業者の西坂組を使用して本件建物の解体撤収工事を実施した。
4 しかして、原告代表者らは、本件契約が成立した同年四月一二日、宮路に対し、本件契約書の契約締結日を同年三月一五日と記載するよう依頼し、これを承諾した同人をしてその旨記載させ、また、その後原告が本事業年度の確定申告書を被告に提出した同年五月二〇日までの間に、同人に対し、本件契約書中の工事着手日が同年四月二五日とタイプで打たれていたものを同年三月一五日と訂正するよう依頼してその旨記載させた。更に、原告は、宮路から本件建物の解体撤収工事にかかる同年四月一〇日付の本件見積書を同月一二日に交付されていたにもかかわらず、右確定申告の際にこれを秘匿した。
なお、原告は、同年一〇月二〇日から同年一一月一日までの間に、本件建物の解体撤収工事にかかる見積書が本事業年度内の同年三月四日に作成されていたように仮装するため、宮路に依頼して同日付の見積書を作成させ、また、本件処分にかかる異議申立が棄却された後である昭和五二年六月二日ころには、秋山豊に依頼して本件契約書の写に「この契約書は昭和51年3月15日私が立合人として立合って作成されたものに相違ありません。」と記載させた。
5 原告は本件建物の解体撤収を急いではいたものの、一方では、前記のとおり昭和五一年三月末日ころまで本件建物におけるボーリング競技場の営業を継続しており、また同年四月一二日の宮路との交渉も前示のように主として本件差引工事代金額をいくらにするかという請負契約の要素たる事項についてであった。そして、同年三月一五日ころからら右の宮路との交渉までの間に、原告と宮路ないし合同工業との間で工事日程の打合せなどが行われた形跡はなく、更に原告から宮路ないし合同工業に対し、工事着手を督促した形跡もなく、本件契約においては工事着手日は同年四月二五日と合意され、実際にもそのころ工事は開始された。以上の事実を認定することができ、以下に排斥する証拠の他には右認定を覆する足りる証拠はない。
証人柳川秀吉は、本件契約は、昭和五一年三月一五日に本件差引工事代金を三八〇万円として口頭で成立したが、その後鉄くずの取引価格が暴騰し続けたため、原告において差引工事代金の値引を要求した結果、三五〇万円、三四〇万円と変遷を経た後、最終的に合同工業が本件解体撤収工事に着手したころに右差引工事代金を一六〇万円とすることで合意に達した旨証言する。しかしながら、弁論の全趣旨によりいずれも真正に成立したものと認められる甲第三ないし第五号証、乙第一九、二〇号証によれば、鉄くずの取引価格は同年三月上旬に上限を極め、その後は横ばいないし下降気味となり翌四月になっても依然として横ばいないし下降気味であったことが認められ、鉄くずの取引価格の暴騰を理由として契約成立後二、三か月にわたって差引工事代金の値引き交渉が行われるような状況にあったとは到底認め難いから、本件契約の成立時期及び本件差引工事代金額の変更の経緯に関する同証人の前記証言部分はたやすく措信することができない。また、同証人は、宮路に依頼して本件契約書の工事着手日を同年四月二五日から同年三月一五日に訂正させたことはない旨証言するが、右の証言部分は、証人宮路喜博の証言及び前記乙第一号証の記載に照らして到底措信することができない。
なお、証人宮路喜博の証言によれば、宮路が、昭和五一年三月二〇日ころ、横浜市役所を訪れ、本件建物の解体撤収工事に伴う騒音、振動等の対策について同市の担当者と交渉したことがあるとの事実を認めることができ、右事実は本件契約が同月一五日ころに成立したのではないかと窺わせるに足る資料のようにみえないわけではない。しかしながら、他方、証人宮路喜博の証言によれば、合同工業は名古屋市内に本店を置く会社で主として名古屋市近郊で営業活動をし、従来横浜市内で建物解体等の工事をした経験に乏しく、横浜市における騒音、振動等の規制についての知識が不十分であったとの事実も認められるところ、この事実に照らすと、前記の宮路が同年三月二〇日ころ同市役所を訪れ同市の担当者から規制の程度を聴き出し、解体方法につき交渉したことがあったとしても、解体工事業者として契約締結に先立ち契約を締結することの可否あるいは解体工事代金額を決定する際の参考に資するため、同市の騒音、振動等の規制の程度、方法につき調査確認することは、採算を先づ考える経済人として当然であるとの経験則に照らせば、右事実が認められるからといって、未だ本件契約が同年四月一二日に成立したとの前記認定を左右する事実となすに足りないというべきである。
三1 右一の当事者間に争いのない事実及び右二で認定した事実を総合すると、(一) 原告は、昭和五一年五月二〇日にした本件確定申告において、本件建物等について帳簿価格二億五〇七三万六九九七円を本事業年度の固定資産除却損として計上したこと、(二) 原告は、昭和五一年一二月一〇日にした本件修正申告において、本件建物等の本事業年度における償却限度額一六三三万九三五七円を減価償却費として計上し、右(一)の固定資産除却損と右の減価償却費との差額二億三四三九万七六四〇円を損金として計上しなかったこと、(三) 本件建物等は本事業年度中に除却されておらず、したがって本件建物等について本事業年度中に固定資産除却損を計上する余地はなかったこと、(四) 原告は、本事業年度の法人税を逋脱する目的で、昭和五一年四月一二日、宮路に対し、真実は本件契約が同日に締結されたことを知りながら、本件契約書の契約締結日を同年三月一五日と虚偽の記載をすることを依頼してその旨記載せしめ、また同年五月二〇日ころまでの間に同じく宮路に対し、真実の日付とは異なることを知りながら、本件契約書の工事着手日について同年三月一五日と虚偽の日付に訂正することを依頼してその旨訂正せしめ、更に同年四月一二日に宮路から同月一〇日付の本件見積書の交付を受けていたにもかかわらず、本件確定申告の際にこれを秘匿したこと、(五) 原告は、右(四)の仮装及び隠ぺい行為をした当時、本件建物等について本事業年度中に固定資産除却損を計上する余地のないことを知っていたことをそれぞれ認めることができる。
2 右によれば、原告は、本件確定申告をするに当り、本事業年度分の法人税について、所得の金額の計算の基礎となるべき事実の一部に関し仮装、隠ぺいを行い、その仮装、隠ぺいしたところに基づき本件確定申告をしたものということができる。
四1 原告は、原告の営業はその主たる目的が不動産売買であるところ、原告所有の不動産を売却処分したような場合には、該売買契約成立日をもって利益が発生したものとして税務上の処理をしてきていること、本件契約は、特約として、本件建物の解体撤収工事によって生ずる鉄くず等の発生材、空調設備は請負人である合同工業において買取ることになっていたので、原告は本件契約が成立した日である昭和五一年三月一五日以降は本件建物に対する処分権限を失うものと解釈し、税務上不動産を売買したときと同様に処理しなければならないと考えていたこと、更に右のような税務処理をすることの当否につき専門家である税理士松本仁の判断を仰いだところ、同人も原告と同様の見解を示したことなどの理由から、本件建物等については、昭和五一年三月一五日の本件契約の成立により固定資産の除却が生ずると誤解し、そのような誤解に基づいて本件確定申告をした旨主張し、証人柳川秀吉及び同松本仁の各証言中には原告の右の主張に副う部分がある。しかしながら、前掲甲第一号証によれば、本件契約書はその表題に工事請負契約書と明記してあり、契約内容を検討してみても、本件契約もって解体撤収を目的として本件建物等を原告から合同工業に売却する契約であると解する余地は全くないと認められること、前記認定のとおり、本件契約が締結されたのは昭和五一年四月一二日であり、原告は同日すでに本件契約書の契約締結日について同年三月一五日と虚偽の記載をすることを宮路に依頼してその旨記載せしめており、更に、本件確定申告のころまでの間に同じく宮路に対し本件契約書の工事着手日について同年三月一五日と虚偽の日付に訂正することを依頼してその旨訂正せしめていること(原告の主張のとおりであるとすれば、工事着手日までも真実に反して本事業年度内に遡らせることは無意味なことであり、その必要も全くない筈である。)に照らすと、右の証人柳川秀吉及び同松本仁の各証言部分はいずれも信用できないし、他に原告の前記主張を肯認するに足りる証拠はない。
2 仮に原告が本件建物等の固定資産の除却損が本件契約の成立によって生ずると誤解していたとしても、本件契約が成立したのは前示認定のとおり昭和五一年四月一二日である。なるほど前記二で認定したように原告が秋山豊から合同工業を紹介され、原告と合同工業との間で本件建物の解体撤収工事請負契約についての交渉がもたれるようになったのは同年三月上旬ころであったこと、その後同月中に一、二回交渉が繰返されたことが認められないではないが、右交渉はいずれも工事代金額の点で双方の主張が折合わず、同年三月中には合意に達せず、本件契約の成立をみるに至らなかったのであるそうして、前記認定のとおり、原告は本件契約が同年四月一二日に成立したことを十分認識し、さればこそ右同日、宮路に対して本件契約書の契約締結日をわざわざ本事業年度内である同年三月一五日と虚偽記載するように依頼し、同人をしてその旨記載せしめ、更に同年四月一二日に宮路から同月一〇日付の本件見積書の交付を受けていながら、本件確定申告に当ってこれをことさら秘匿したのであって、原告らにおいて本件契約が同年三月二〇日の本事業年度の末日以前に成立したと誤信したかも知れないと認める余地は全くない。
そうすると、原告に、その主張のような誤解があったとしても、原告において本事業年度分の法人税について所得の金額の計算の基礎となるべき事実の一部に関し仮装、隠ぺいを行い、その仮装、隠ぺいしたところに基づき本件確定申告をしたとの前記判断を左右するものではない。
五 以上説示したところによると、原告に対しては、国税通則法六八条一項に基づき、原告が過大に損金に計上した二億三四三九万七六四〇円に対応する過少申告加算税の額の計算の基礎となるべき税額に一〇〇分の三〇を乗じて得た金額に相当する重加算税が課せられることになるものであるところ、これを計算すると一〇四三万八四〇〇円となる。したがって、これと同旨にでた本件処分は正当である。
六 そうすると、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小川正澄 裁判官 志田洋 裁判官 小池勝雅)